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2026.03.19


劇的なメロディで多くのファンを魅了し続ける作曲家の松谷卓さん。映画やテレビ番組の音楽など、華々しいキャリアを歩んできた彼が、40代半ばを迎えた今、改めて向きったのは「原点」のピアノソロでした。今回、カワイが誇るフルコンサートグランドピアノ「SK-EX」との運命的な出会いによって生まれた最新アルバムの制作秘話を軸に、ピアノという楽器への深い信頼や表現者として誠実な歩みについて、そしてShigeru Kawaiと紡ぎ出した、飾らない「今の音」についてお話を伺いました。
――― まず今の松谷さんについて伺います。最近はどのような日々を過ごされていますか?
これまで映画やテレビ番組などの映像音楽を数多く手がけ、その多くをピアノ中心に作曲してきましたが、実は自分自身の「ピアノソロ」としての表現活動はほとんどしてきませんでした。そこで今、改めて「ピアノと共にこれからどう歩んでいくか」というテーマに向き合い始めています。
最近は、ラジオ番組でクラシック音楽を紹介する機会もあり、改めて多くの作品を聴き、研究することも増えました。そうしたインプットの一方で、ライブに向けて自らピアノを弾く時間も大切にしています。
今この瞬間、自分からどんな音が出てくるのかを探るのは非常に面白いですね。長く続けている日本舞踊で教わる「身体の使い方」が演奏にも役立っており、自分の体だからこそ出せる音を一つひとつ見つけていく作業が、今の僕の大きな楽しみになっています。


――― ここ数年の活動を振り返って、今、どのような手応えを感じていらっしゃいますか?
まだ自分でも知らない「自分の音」がいっぱいある気がしています。それを今の自分がどう捉え、これから何を生み出していけるのか。自分の音を見つけていくことが、また楽しくなってきました。実は以前、音楽を辞めたいと本気で思うほど引きこもっていた時期がありました。でもその経験を経たからこそ、「音楽でしかできないことがたくさんある」と気づけたんです。今の自分、そしてこれからの自分にとっても、その気づきを大事にしてあげたい。それをどうやって皆さんに届けていくか、今はその方法を模索している最中です。
――― ピアノを始めた頃のことは、今でも覚えていらっしゃいますか。
プロフィールには「5歳から」とありますが、正直その頃の記憶は全くないんです(笑)。ただ、僕が赤ちゃんの頃にピアノをバンバン叩いている音が入ったカセットテープが残っていて。姉がピアノを習っていたこともあり、生まれた時から家にはアップライトピアノがありました。ピアノを鳴らすことは、僕にとって日常の一部だったんですね。母から聞いた話では、姉のグループレッスンに連れて行かれた際、まだ小さかった僕はバスケットに入れられてレッスンの様子をずっと聞いていたそうです。そのうち横から手を出して音を鳴らし始めたので、「この子にも習わせてみようか」となったのがきっかけらしい。0歳の頃から、すでに環境は整っていたようです。


――― 子供の頃の松谷さんにとって、ピアノはどんな存在でしたか?
とにかく練習が嫌いで、本当は外で遊んでいたい子供でした(笑)。当時のレッスンは厳しい先生も多かったようですが、僕の母は先生に「この子は全然練習しないので、怒らないでやってください」とお願いしてくれていたみたいで。おかげで、週に一回のレッスンで先生と一緒に弾く、という形でのんびり続けられました。でも、そうやって音楽のそばを離れなかったからこそ、後になって「好きな曲」に出会った時に、自分の手でその曲を扱えた。それは本当にありがたいことでしたね。コンクールで大失敗して落ち込んだこともありますが、そうした経験も今では大事な記憶です。大人になっても失敗や絶望を感じることはありますが、子供の頃の「絶望」を乗り越えた経験があれば、今の苦しみもきっと越えられる気がする。ピアノとずっと離れずにいたことは、間違いなく今の自分に繋がっています。
――― 松谷さんの音楽は繊細で豊か、そして心に深く残ります。作曲をする上で、何を一番大切にされていますか?
良くも悪くも、音楽に形にする時は「嘘がつけない」んです。だからこそ、自分を偽らないことを一番大切にしています。自分が最も素直に、正直に表現できるものを伝えていく。それが一番自然だし、大事なことだと思っています。技術的にできる・できないは別として、その「誠実に向き合う感覚」だけは、絶対に失いたくないですね。


――― 映画音楽を手がける際、主役となる部分と、映像を引き立てるために一歩引く部分のバランスは、どのように判断されていますか?
毎回、試行錯誤の連続です。自分の中で「完璧に思い通りにいった」と感じる作品は、実はほとんどありません。それでも、出来上がった音楽が結果として作品の役に立っているのであれば、それが一番幸せなことだと思っています。映画制作には、監督や役者さん、エンジニアさんなど、多くのプロフェッショナルが関わります。作品が何を表現し、何を伝えたいのか。それは自分一人の想いではなく、皆で作り上げていくもの。時には苦労も多いですが、作品を通じて自分の音楽が、全く知らない誰かと繋がっていく。その可能性を持てることが、この仕事の醍醐味です。自分一人では絶対にやろうとしなかった表現に挑戦し、それが形になっていく。映像の世界に関わることでしか得られない体験は、僕にとって大きな財産ですね。
――― 昨年、カワイ最高峰のピアノ「SK-EX」でアルバムを収録されました。相性はいかがでしたか?
実は、最初はすごく相性が悪かったんです。「どうやって弾いたらこのピアノと仲良くなれるんだろう」と、戸惑う部分もありました。
ですが、ふと子供の頃から弾いてきた「自宅にあるカワイのピアノ(NX-50)だったら、こう弾くかな」と試してみたんです。そうしたら、ピアノから「そうそう、その答えだよ」という反応が返ってきた。そこからは一気に分かりやすくなりましたね。人付き合いと同じで、初めてのピアノとは「この子(楽器)はどんな子だろう」と探り合う時間が必要です。カワイのピアノは、こちらが丁寧に、正直に「こう弾きたい」と伝えると、素直に音を返してくれる。自分の信じているものが、そのまま音楽になってくれる感覚があります。「カワイの音」でありながら、同時に「自分の音」「自分の言葉」として響いてくれる。そこが Shigeru Kawai の素晴らしいところだと感じています。


――― 今回、SK-EXで収録することになった経緯を教えてください。
これまでレコーディングやステージでは、カワイ以外のピアノにふれる事が多かったのですが、藤枝市制70周年の記念楽曲を制作させていただいた際、藤枝市民会館にあるSK-EXを弾かせてもらったんです。その時の感触は「カワイの音色は自分の音楽にもきっと合う」という確信がありました。ご担当の朝倉さんに相談したところ「カワイのスタジオで録ることもできるよ」と教えていただき、「ぜひやってみたい!」と。「ピアノソロのアルバムが作れたらいいな」というぼんやりした夢が、SK-EXとの出会いによって一気に現実味を帯び、レコーディングへと繋がりました。本当に良いタイミングでの出会いでしたね。
――― 今回の出会いを経て、音楽との向き合い方に変化はありましたか?
今回ソロアルバムを作ってみて、ピアノソロで挑戦したいことが着実に増えています。鳴らすピアノによって生まれる音楽が変わる、その面白さを改めて実感しました。このピアノと向き合ったことで、自分自身の幅が広がった感じがします。次のアルバムの計画はもちろん、そのもっと先の未来に、自分がピアノでどんな音楽を生み出していけるのか。自分自身でも今、すごく楽しみになっています。


――― 今回のアルバムは、ご自身の中でどのような位置付けの作品になりましたか?
ピアノに囲まれて育ち、遊びで始めた曲作りが仕事になり、これまで多くの作品や演奏家の方々と出会ってきました。そんな中で、40代半ばを過ぎた今、改めて「自分の原点はピアノにあるんだ」と強く感じています。言葉にするのは難しいですが、「言葉にできない自分自身」を唯一表現できるのがピアノなのだと思います。今だからこそ感じられるこの感覚を大切に、これからもピアノと向き合っていきたいですね。
――― ピアノや音楽から少し距離ができてしまった人に、メッセージをお願いします。
「一旦離れても、別にいいんじゃないかな」と思っています(笑)。僕自身も一度離れた時期があるからこそ、気づけたことがたくさんありました。その時々で興味は変わるし、性格や考え方も変わっていく。それでいいと思うんです。実は僕、自分の子供にはピアノを教えていないんですよ。本人が「やりたい」と言ったらいつでも教えられる準備はしていますが、今は本人が好きな絵を描かせています。誰しも、自分の中に「どう表現していいか分からないもの」を抱えていると思うんです。それが言葉の人もいれば、書道やお茶、踊り、スポーツの人もいる。でも、その選択肢の一つにピアノや音楽があってもいい。
子供が言葉にリズムをつけて口ずさむ。あれは立派な音楽表現であり、作曲です。そんな原初的な喜びを、誰でも簡単に美しい音にしてくれるのがピアノです。難しいことは考えず、「そういえばピアノがあったな」と思い出した時に触れてみる。それだけで、人生が少し広がっていく。日本には素晴らしいピアノメーカーが身近にあるのですから、もっと気軽に、楽器屋さんに相談したり、ピアノと戯れたりしてみてほしいですね。


「ピアノは、言葉にできない自分自身を映し出す鏡のようなもの」。
インタビュー中、松谷さんが語ったその言葉は、楽器を愛するすべての人への温かなエールのように響きました。一度音楽から離れたとしても、ふと思い出した時に寄り添ってくれるのがピアノの優しさ。Shigeru Kawaiと共に、松谷さんが自身の魂を込めて吹き込んだ音色は、聴く人の心にも新たな「原点」を見せてくれるはずです。
【作品情報】
松谷 卓 最新アルバム『松谷卓 ピアノ独奏 P-H1K 映画音楽作品集』


2026年3月5日発売
3,300円(税込)
https://suguru-matsutani.com/news/6neoNfKq
映画音楽などの名曲を、松谷さん自らがピアノソロのために再構成・演奏した珠玉の一枚。カワイのスタジオにて、フルコンサートグランドピアノ「SK-EX」を使用して録音されました。繊細なタッチから生まれる色彩豊かな音色と、深い響きが融合した、まさに松谷氏の「今」が凝縮された作品です。
松谷 卓 Suguru Matsutani

1998年、オリジナル・アルバム『Epoch1./Platform』でデビュー。TV番組『大改造!!劇的ビフォーアフター』の全音楽の制作をきっかけに挿入曲「TAKUMI/匠」が話題となり、CD『Before After』を発表、インストアルバムとしては異例の大ヒット作品となる。その後『いま、会いにゆきます』『僕等がいた』『君の膵臓をたべたい』などの映画作品音楽、『のだめカンタービレ』全3シリーズや『うさぎドロップ』といったアニメ作品サウンドトラック、TVドラマ『君が心をくれたから』、『NHKスペシャル』をはじめとするTV番組など、数多くの映像作品のテーマ曲・音楽を手がけている。また、オリジナル・アルバムの発表やコンサート活動の他、さまざまなアーティストが出演する『Live image』、アレンジャーとしてT.M.Revolutionのセルフカヴァーベストアルバム『UNDER:COVER 2』にも参加。コンピレーションアルバムへの楽曲提供やCM、舞台、伝統芸能やダンスとのコラボレーションなど、多岐にわたる音楽制作を展開している。
松谷卓オフィシャルサイト 松谷卓 Instagram
■Shigeru Kawaiフルコンサートピアノ 『SK-EX』について
「世界一のピアノづくり」を目指す当社が、2001年に発表したフルコンサートピアノのフラッグシップモデル。コンサートピアノとして要求される最高の表現力を実現するために、響板には十分に厳選した材料だけを使用し、原器工程と呼ぶ伝統的な手作り工程で生産。またShigeru Kawaiグランドピアノシリーズで採用した新素材を随所に取り入れた革新的なウルトラ・レスポンシブ・アクションIIが、高い連打性と安定したタッチ感を提供する。繊細で伸びやかなピアニッシモに加えて、力強い輪郭のはっきりした響きが特長。