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2025.05.09

【インタビュー】ロン=ティボー国際ピアノコンクール2025

3月25日から30日にかけて、フランス・パリで開催された「ロン=ティボー国際コンクール」は、世界中から注目を集める名門コンクールのひとつ。若き才能たちが集い、緊張感と情熱が交錯するその舞台では、今年も数々の感動的な演奏が繰り広げられました。
そんな現地の空気を肌で感じ、実際に会場でその瞬間を目撃したのが、「ピアニスト/国際ピアノコンクール・リポーター」のアーリンク明美さん。
今回は、彼女によるレビューに続き、現地で行ったインタビューをお届けいたします。

20世紀前半のフランスの偉大なアーティスト、ピアニストのマルグリット・ロンとヴァイオリニストのジャック・ティボーによって、80年以上前の1943年に創設された「ロン=ティボー国際コンク―ル」のピアノ部門が3月25日から30日に渡ってフランスのパリで開催され、17歳のキム・セヒョンさん (韓国)が優勝、日本の神原雅治さんは4位入賞という結果で幕を閉じた。

-結果-

第1位 キム・セヒョン Saehyun Kim(17歳 / 韓国)
第3位 イ・ヒョ Hyo Lee(17歳 / 韓国)
第4位 神原雅治 Masaharu Kambara(21歳 / 日本)  、マ・ティアンクン Tiankun Ma(17歳 / 中国)
第5位 エリック・グオ Eric Guo(22歳 / カナダ)

今回は、優勝のキム・セヒョンさん、第4位の神原雅治さん、審査員のパーヴェル・ギリロフ氏、ロン=ティボー財団の理事長であるジェラール・ベッケルマン氏、株式会社河合楽器製作所の調律技術者、MPA である蔵田真也さんの5名にインタビューをお願いしました。

優勝のキム・セヒョンさん

キムセヒョン

―――優勝、そしてお誕生日おめでとうございます!(ファイナルの翌日がお誕生日でしたあなたの演奏を聴かせていただき、まだ18歳になったばかりということで驚いています。ご両親も音楽家なのでしょうか? いつ頃、どのようにしてピアノのレッスンを始められたのですか?

母は幼少期にピアノを習っていましたが、両親は音楽家ではありません。叔母は大学でピアノを専攻していました。私は4歳の頃からピアノのレッスンを受け始めました。当時、アパートのリビングルームにアップライトピアノがあり、母にピアノを習いたいかと聞かれた時、私は「はい」と答えました。当時、私を待ち受けていた夢のような将来については全く知りませんでした。

―――あなたのファイナルでの深い表現力で演奏されたラフマニノフの《ピアノ協奏曲第3番》に感動しました。結果発表の直後にも予告無しでもう一度この協奏曲を弾くことになったそうですが、ファイナルの時とはまた違った印象のある演奏で、とても興味深かったです。この協奏曲は既にどれくらいの期間取り組んでいるのですか?どのようにして音楽を深く掘り下げられたのでしょうか?

昨年の春、この協奏曲の3つの演奏会出演の準備をしなければならなかったので、約1か月間集中的に取り組みました。スティーヴン・バイス氏の指揮で、アーカンソー・フィルハーモニック管弦楽団と北ミシシッピ交響楽団、そしてデイヴィッド・レーベル氏が指揮でNECユース・フィルハーモニック・オーケストラとの共演です。後者は私の第二の故郷である、ボストンのジョーダンホールで行われました。協奏曲は、テオ&ペトラ・リーヴェン国際ピアノ財団の夏季および冬季音楽祭に参加した際にも、何度か演奏しました。様々なマスタークラスでこの協奏曲を演奏して学んだことで、この曲への理解がさらに深まりました。そして、このコンクールの約1ヶ月前に再び演奏を再開しました。

―――昨日のファイナルの後のガラでは、息を呑むようなソロの演奏も拝聴できて嬉しかったです。まだお若いですが将来はどのようなピアニスト/アーティストになりたいですか?現在、ダン・タイ・ソン先生とハエスン・パイク先生という素晴らしい音楽家に師事されていますが、他にもお気に入りのピアニストはいらっしゃいますか?

ダン・タイ・ソン先生とハエ=スン・パイク先生は、私のお気に入りのピアニストです。ピアニストによって、作曲家や作品に対する解釈は大きく異なると私は考えています。例えば、20世紀のピアニストによるショパンの演奏では、アルトゥール・ルービンシュタインとアルフレッド・コルトーの録音を大切にしています。ラフマニノフの演奏では、ラフマニノフ本人の演奏に感銘を受けています。今のところ、人生に目的地を設定する必要はないと思っています。人生は地下鉄路線のように直線的ではありませんし、目的地を選んでも、そこに到着することは滅多にありません。毎日、自分自身と音楽に誠実であれば、たどり着くべき場所にたどり着けると信じています。

 

4位の神原雅治さん:

神原さん

―――今回は4位入賞おめでとうございます!

ありがとうございます。実は、第1次予選の前日から体調を崩していたのですが、逆に雑念なく演奏に集中できたのかもしれません。第一次予選で演奏した翌日が一番酷かったのですが、幸いその後すぐに回復してきて、最終的に結果も付いてきて良かったと思っています。

―――今回は神原さんのセミファイナルのブラームス《4つのバラード》の演奏を少し配信で聞き、ファイナルのブラームスのピアノ協奏曲第1番をオペラ=コミック劇場で拝聴したのですが、特に神原さんの内省的な表現には引き込まれました。

そのように言っていただけて嬉しいです。実はブラームスの作品の気持ちの内面を自分の為に語りかけるように表現しているところが好きで、彼の作品を演奏するのは楽しいですし、聴くのも弾くのも好きで、自分と相性が良いのかなと勝手に思っていて(笑)、これからも、どう表現できるか、もっと研究したいと思っています。

―――今回、スタインウェイとShigeru Kawaiが公式ピアノで、コンクール開始前に試弾なしで選定しなければならなかったと伺っています。しかもラウンドごとの楽器の変更も不可だったそうですが、どのようにして楽器を選ばれたのですか?

コンクール開始前に事務局から楽器の件でメールをいただいた時、このように試弾前に楽器選定という事は初めてだったので、はじめは私の英語力が低いせいで勘違いをしていると思っていました。(笑)私はShigeru Kawaiのピアノはもともと好きですし、弾きなれています。今回のセミ・ファイナルのメインであったブラームス《4つのバラード》で”聴かせたい”という気持ちがあり、楽器の温かい音色、私が思い描いているもの表現するのにKawaiが合っていると思い、決めました。

―――今回のファイナルにおいては、オペラ・コミック劇場で、ブラームス《ピアノ協奏曲第1番》を弾かれるというイメージで、神原さん用に特別に調整されたと伺っています。

そのように調整された楽器でコンクールのファイナルに臨めたことは、非常に幸運だったと思います。コンクール期間中は多くの方々にも応援していただいて、本当に幸せでした。ありがとうございました!

candidates

審査員のパーヴェル・ギリロフ氏:  

ギリロフ氏とアーリンクさん3

―――審査、お疲れさまでした。今回のコンクールの印象をお聞かせいただけますか

このロン=ティボー国際コンク―ルは貴重な国際音楽コンクールの一つで、今回の大会もとても興味深いものでした。
優勝したキムさんは、音楽を深く感じ、演奏も安定していて、既にプロです。彼はファイナルとガラで2度、同じ協奏曲を弾きましたが、表現が同じものでない点も、彼がアーティストという証拠です。彼は第1次予選の演奏から傑出していました。第2次予選で演奏したモーツァルトのソナタK.281も非常に素晴らしかったですし、ショパンの練習曲作品25の各作品をあそこまで弾きこなせるピアニストは珍しいと思います。今回使用されたShigeru Kawaiは、常にベストな状態に調整されていました。今回の楽器は実際に弾いていないので分かりませんが、とても温かい音色で、弾きやすそうな印象でした。ファイナルの協奏曲でも、審査員席まで音がよく届いており、Shigeru Kawaiで弾いた神原さんのブラームス《ピアノ協奏曲第1番》の演奏も、洗練されていて非常に良かったと思います。

―――今回の大会の予選通過者の殆どはアジアからでした。これはここだけに限らず、近年の国際音楽コンクールでよく見られる傾向ですが、このことについてどう思われますか?

西洋音楽を勉強するのに出身地や国籍は関係ないと思いますし、これが現実です。私もアジア出身の優秀な生徒が沢山います。まず、アジアの人々は一般的に勤勉で練習量が多いと思いので、それもコンクールにおいての成功の理由の一つでしょう。ピアノのレッスンを始める年齢も、アジアの方がヨーロッパよりも低い傾向にあります。小さいうちに始めた方が、耳の為にも、メンタルの為にも良いと考えています。幼い頃のレッスンといえば、今回の審査員のミハイル・ルディさんとは、今から約70年前にウクライナのドネツィクの同じ音楽学校に通っていたので、久しぶりにお会いできて感激しました。

―――近年は国際ピアノコンクールの数が非常に多いですが、コンクールの意味についてどう思われますか?キャリアを築くのにコンクールは必要でしょうか?

若いピアニストにとっては、ただ何となく音楽を勉強するのではなく、コンクールに向けて様々なレパートリーを用意をし、ステージで弾くということに意味があると思います。そして、自分の演奏も結果も色々だと思いますが、すべての経験が糧となります。音楽で成功する為にはいくつかの要素があり、人生は選択の積み重ねです。私達審査員は、才能があり、音楽を続ける人、音楽がないと生きていけない人を見つけ出すのが役目です。

 

ロン=ティボー財団理事長のジェラール・ベッケルマン氏: 

審査員とコンテスタント_2

―――今回のコンクール、おめでとうございます。私はファイナルとガラ・コンサートを鑑賞させていただきましたが、とてもレベルの高い大会だったと思います。近年のコンクールでは低年齢化が進んでいますが、今回のファイナリスト5名は、17歳が3名で最高年齢が22歳でしたね。

驚異的でした、そして不思議でしたね。年齢は関係ありませんが、結果的にそうなりました。40歳になっても指だけでピアノを弾く人もいれば、10代で既に音楽的に弾ける人もいます。優勝のキムさんのモーツァルトのソナタの演奏はまるでオペラのようでした。彼は人間性の本質を心から表現し、本当に素晴らしかったと思うので、彼の優勝には満足しています。彼は将来、21世紀を代表する大ピアニストになるのではないでしょうか?

―――今回はスタインウェイとShigeru Kawaiの2台が公式ピアノでしたが、出場者32名は試弾なしで事前にメールで楽器を選ばなければならなかったと伺いました。ピアニスト達にとっては容易な選択でなかったと思いますが、いかがでしょう?

これはスケジュール上の関係でそうしました。2台の楽器の入れ替えに時間を要するので、出場者にあらかじめ希望の楽器を聞き、今回はカワイで演奏するピアニストを第一日目、その後にスタインウェイで演奏するピアニストというように、演奏順も楽器ごとにまとめました。前回の2022年のピアノ部門もスタインウェイとファツィオリの2台が公式ピアノでしたが、今回と同様に行いました。スタインウェイの楽器はコンサートやコンクールでもよく使用されているので知っていますが、今回のShigeru Kawaiは理想的な素晴らしい楽器だと思いました。

―――ロン=ティボー国際コンク―ルの目指すものとは何でしょうか?

ロン=ティボー国際コンク―ルは世界国際音楽コンクール連盟のメンバーで、私は同メンバーであるショパンコンクールやエリザべート王妃コンクールといった多くのコンクールに敬意を払っています。コンクールは若いピアニストの目標にもなりますし、様々なチャンスを与えます。例えば、今回の優勝者には賞金3万5千ドルに加え、25~30ものコンセール・ド・パリやラ・ロック・ダンテロンといった音楽祭でのコンサートの機会を用意しています。若いアーティストのキャリアサポートが私達の使命です。

蔵田さん(MPA)

蔵田真也さん(調律技術者、MPA)

―――お疲れさまでした。私はオペラコミック劇場で行われたファイナルを会場で聴きましたが、ShigeruKawaiでブラームス《ピアノ協奏曲第1番》を演奏された神原さんの演奏から、無理せず音を観客に届かせている感じで、その音色は時々まるで歌声のようでした。予選とは会場が変わりましたが、どのようにファイナルへ向けて調整されたのでしょうか?

ファイナルの方が会場も大きいですし、響きも違います。セミファイナルの後に神原さんにも要望を聞いてオーケストとの協演なので、なるべく音が飛ぶようにしてほしいと言われていました。セミファイナルに於いて神原さんがブラームス《4つのバラード》を演奏されている時も、音色などを聴き、彼のタッチや弾き方の特徴を観察していましたファイナルに於いてはオペラ=コミック劇場でブラームスのピアノ協奏曲第1番を弾く神原さんの音色をイメージして調整しました。特に審査員席できれいに音が響いているかを何度も確認しながら調整しました。

―――今回の楽器について教えていただけますか?

今回は2台のShigeru Kawaiを日本から運んで、調整したうえでどちらが良いかを選んだのですが、最終的に2023年の高松国際ピアノコンクールでも使用したピアノになりました。これは私が制作から携わったピアノで、高松国際ピアノコンクールの前も期間中もずっと調整していました。性格も癖も知り尽くしている我が子のような存在です。もうすぐ6歳の誕生日を迎えます。(笑)今回のロン=ティボーの出場者は、試弾なしでピアノを選定しなければならなかったので、Shigeru Kawaiを選んでくださった方達の期待を裏切らないようにと責任も強く感じていました。高松のコンクールに於いては、音色やメカニックの面でもとても良い評価をいただいていましたし、あれから2年経って更に良い響きになっていましたのでこちらのピアノを選びました。

―――Kawaiを選ばれるピアニストに何か共通項のようなものはあるのでしょうか?

Shigeru Kawaiを日々弾いてくれる方、選んでくれる方達と話していると、やはり求められているところは共通しています。明るい音の楽器でもまろやかな音の楽器でもきれいなピアニッシモが出せること、温かくて色彩感豊かで会場を包み込むような音色がShigeru Kawaiの特徴なので、そのような音色を求めているピアニストに選んでいただいていると思います。ファイナルの神原さんのブラームスもその特徴を存分に活かした素晴らしい演奏でした今回Shigeru Kawaiを弾いていただいたピアニストの皆様には、あらためて感謝申し上げます。

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